日本人が追い求める「女性の美」
鶴田一郎の美人画
はじめて鶴田一郎の美人画と出会ったのは、今から20年以上前のこと。当時、まだ小学生であったが、ノエビアのテレビ CM ではじめて同氏の作品を見たときは、子供ながらにドキドキした。ブラウン管越しの初恋。
松崎しげるの「グッド・バイ・マイ・ラブ (アン・ルイスのカヴァー)」、世良公則の「別れの朝(ペドロ & カプリシャスのカヴァー)」、坂本冬美の「銃爪(世良公則&ツイストのカヴァー)」、宇崎竜童の「絶体絶命(山口百恵のカヴァー)」等、ノエビアの CM には強烈なまでに個性的な楽曲が使用されていたが、鶴田一郎が描き出す様々な女性は、それら CM ソングの個性を飲み込むほど、更に鮮烈なインパクトを放っていた。
では何故、鶴田一郎が描く女性は美しいのか。その魅力を、大人になった今、改めて考えてみる。ここから先は、Hiroomi Ueda の美的感性の独演会。同氏が描く女性は、線にしろ、表情にしろ、日本人の心の奥底にある琴線に触れる。ただ、一般的な大和絵とは違う。芯は日本的だが、オクシデンタルな雰囲気も合わせ持っているのである。
以下の絵は、江戸時代の浮世絵師:葛飾北斎の肉筆画『岩松院 八方睨み鳳凰図(下絵)』。ブラックではなく、漆黒。レッドでなく、鮮紅。これこそが、正に「日本が世界に誇る固有の色彩美( Japonisme の感性)」であるが、同氏が描く美人画にも、同じような要素を感じる。その意味でも、同氏の作品の根源は、日本固有の色彩美にあると思う。
ただ、鶴田一郎が凄いのは、その先。一枚の絵の中に、漆黒や鮮紅の艶(あでやかさ、つややかさ、なまめかしさ)を表現することができると同時に、西洋的なパステルカラーも共存(共鳴)させることができるのである。
絵画にこだわらず、日本の伝統文化(伝統服飾、伝統工芸を含む)に等しく言えることだが、普通、日本人固有の色彩美を追い求め始めると、よくも悪くも日本固有の古色への傾倒が進む。 わかりやすい例を挙げるならば、たとえば、「深みのある藍色」とか、そういった日本的な色彩を追求し始めるのである。しかし、鶴田一郎の美人画の世界は、そうではない。